コロナか、コロナ以外か ~虫垂炎のお話~
(著者の実話)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)第4波の真っただ中、真夜中に急な発熱と上腹部痛で覚醒。発熱によるものなのか、とうとうコロナに罹ってしまったという恐怖と絶望からなのか、寒気を伴う震えで一睡もできず朝を迎え、上司へ休みの連絡をするとともに、当院発熱外来を受診。
ウイルス感染陰性が確認され、「良かったぁ、安心した~」とササっと帰ろうとしていると、
医師が一言、「何も発熱原因はコロナのようなウイルスだけじゃない。念のために検査しよう」
この言葉に救われました。他の病気の早期発見につながり重症化にいたらなかったからです。
血液検査からは急性の炎症を示す数値がのきなみ驚くほどの高値を示し、CT検査では明らかにおかしな画像所見でした。
医師「あ~盲腸ですねぇ。急性虫垂炎です。すぐに入院してください。」
虫垂炎とは
さてさて前段が長くなってしまいましたが、本題にはいります。下の図を参照ください。
虫垂は回腸(小腸の後半部分)から大腸に移行したところの大腸の始まり部分(盲腸)の後ろ内側から突起状に飛び出した器官です。ウシなどの草食動物にとって虫垂は、草の繊維成分であるセルロースを分解してくれる細菌がたくさん棲息していて、食物の分解に欠かせない場所であることから生きていくには欠かせない存在です。ヒトは雑食動物ですので必須の器官ではありませんが、それなりの役割がある可能性はありますし、近年の研究では免疫学的意義を有していることが分かってきました。
急性虫垂炎は、この虫垂の粘膜から壁に細菌が入り激しい炎症を起こして起きる病気です。私のようにガタガタ震えるような悪寒・戦慄を伴う高熱と強い腹痛を併発して受診する方が多いほか、吐き気や下痢、食欲低下を伴う方も少なくありません(私は全部該当)。小児から青年期の若い人(10~30歳台)に比較的好発し、男女差はおよそ3:2と男性に多いとされています。ただ、これらの発熱や腹部症状で一般的かつ最初に疑われるのは、まず小腸・大腸の感染性腸炎で、初期の段階で簡単な問診や診察だけでは虫垂炎を診断することは困難です。実際、虫垂炎も大腸につながる器官の感染症ですから当然です。
虫垂炎が疑われる場合は“痛み”についてのフィジカルアセスメントを綿密に行います。虫垂炎では痛みの出現の仕方が特徴的で、発生初期には“みぞおち”付近に痛み・不快感があり、段々とその痛みが右の下腹に移ってくる「移動痛」と呼ばれる痛みになります。診察上は、お腹の右下の圧痛や押して放した時に痛みが強くなる「反跳痛」が見られることあります。また歩いたりジャンプした際に右の下腹部辺りに響くことがあります。これらは虫垂の炎症が腹膜におよんだ腹膜の刺激症状で、注意を要します。
一度虫垂炎になると自然治癒することはなく時間の経過とともに感染が広がり、さらに進行すると腹膜炎を併発したり、細菌が血流にのって全身に広がり敗血症となると命に関わるコトもあるため、極力初期段階での発見・早期治療が肝要です。いつもの「お腹いてぇ…」と違う感覚があれば、医師にしっかり伝えるようにしてください。
その診断に当たっては腹部CT検査が有用で、虫垂が腫れあがっていることが確認できます。また、他の疾患(憩室炎やがん、女性では卵巣や骨盤内の炎症など)の除外、虫垂炎の治療方針や予後を決定する糞石や膿、穿孔の有無の評価にも腹部CT検査は役立ちます。
虫垂炎の治療
多くの患者さんは、外科的な処置、膿を出すためのドレーン(管)の挿入や虫垂切除術が行われます。ただ、以前は虫垂炎を疑ったらすぐに手術というのが一般的でしたが、最近では軽度の虫垂炎であれば保存的治療=抗生剤で治療すること(俗にいう薬で散らす治療)が増えてきました。ただ、抗生剤治療の問題点は、抗生剤のみでは治らない場合があるほか、再発することも少なくありません。いったん治ったと判断された後、1年以内に2~4割が再発すると言われています。
中等度以上の重い虫垂炎あるいは、再発をしたくない方は手術が第一選択となります。手術を選択した場合は、虫垂をまるっと切除するため再発するということ自体無くなりますが、侵襲の少ない一般的な手術とはいえ、低いですが手術合併症のリスクがあり、ゼロにすることはできません。
また、炎症が酷く多量の膿があるような虫垂炎(膿瘍形成性虫垂炎)では、すぐに手術するのではなく、一旦抗生剤で炎症を抑え、状態が安定してから行う「待機的虫垂切除術」を実施することが一般的で、さらに近年ではこの方法を軽・中等度の虫垂炎でも積極的に実施する医療機関が増えてきました。
このように虫垂炎といっても治療戦略にはかなり幅があり、それぞれメリットとデメリットがありますので、専門医(消化器外科医)としっかり話し合って理解・納得したうえで治療法を選ぶことを薦めます。
ちなみに私はというと、専門医からそれぞれのメリットとデメリットを詳しく説明頂き、最終的な決定権は私に委ねられました。結果的に手術をせず一旦終診・様子見とし、再発したらすぐに手術ということにしました。
おわりに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が依然として収束しないなか、発熱外来では「熱が出ました。○○といった症状があります。PCR検査してコロナかどうか確認してもらえますか?」といった問い合わせを日々たくさん受けます。
しかし、発熱はのどの痛みや咳、鼻水といった風邪症状を伴う気道の炎症以外の原因でも起こります。医療機関はその原因を特定し治療するところであって、PCR検査のために存在しているわけではありません。つまりPCR検査はCOVID-19か否かを判断する一つの手段に過ぎず、それで終始しては他の治療可能な疾患を見逃します。医療機関の重要な役割を見失いかねませんので、発熱外来を受診する際は、コロナ以外の他の病気が隠れている可能性があることも頭に入れて受診し、PCR検査が陰性だから安心ではなく、しっかりと医師に風邪症状以外の不調を分かりやすく、順序だてて詳しく話しをするよう心がけてください。
著:事務部/T 監修:外科・消化器外科部長/庄賀一彦
【参考文献】
・日本小児救急医学会、診療ガイドライン作成委員会編:エビデンスに基づいた子どもの腹部救急診療ガイドライン2017。https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0431/G0001192
・佐々木裕編:最新ガイドライン準拠、消化器疾患、診断・治療指針。中山書
・CODA Collaborative; David R. Flum et al: A randomized trial comparing antibiotics with appendectomy for appendicitis. N Engl J Med 2020; 383: 1907-1919.